独奏ブログ

愛媛県松山市二番町に生息するBARMANの、日々の雑記です。 

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2013.02.01[金] あら、2月じゃないのよ。

オンオフ共に微妙にドタバタ。毎年恒例のお上に提出する自己採点成績表の準備をしているんだけれど、まぁ、ねぇ。ゲフンゲフン。

そんな中、事務処理の山田さんからの現実逃避活動として『レ・ミゼラブル』を観てました。私世代だと『ああ無情』ですね。もうね、先日の『桐島~』なんてもんじゃない、舞台はさらに強烈な貧困と格差社会の200年前。噫無情。

二番町の底辺に生息している店主めがねとしましては、ついついそこをテーマに観てしまいそうだけど、あくまでも舞台設定。これだけ長く愛されるのは個々の人物がしっかりと造形された群像劇だからでもあります。200年前のウルヴァリンがジャン・バルジャンで、ああ私の心の嫁であるアン・ハサウェイが薄幸のファンティーヌとは!え?私の心の彼女であるアマンダ・サイフリッドがコゼットとな!ああ子供の頃に読んで悲しくなったエポニーヌの場面を思い出しちゃったよ、とかなんとか。あゝ無情。

原作は小説そのものではなくて、小説を基にしてできたミュージカル版とのことです。ミュージカル版は観てないけど、舞台でのミュージカルや他のミュージカル映画とは違った感じの、映画ならでは感情表現とアングルでのめり込むのめり込む。ミュージカル大好物の私は最初はなんか勝手が違って歌下手っぴやん、とか思てたのは内緒。ああ無情。


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無情、無情、無情。とは書いてはみたけど、無情というのを辞書で引くと“慈しむ心がないこと。思いやりのないこと”とあります。そしてレ・ミゼラブルというのは“悲惨な人々。哀れな人々”という意味だそうです。ニッポンゴムツカシー、フランスゴモムツカシー。

フランスのような二項対立の思考だと、自分という個人がいれば、その対極にある社会を想定して、対置される他人がいます。逃れられない貧困から親族を生かすためにパン1個盗んだジャン・バルジャンと、法律を厳守することで自らの生い立ちを清くしようと生きるジャベールを主軸として、善悪だけでは判断しきれない様々な二項対立がてんこ盛り。

そこに行き着かざるをえない、レ・ミゼラブルであり、なんと無情なことか。

相変わらず貧困と格差にまみれる現代社会に、ほんの少しの思いやりであり、見返りを求めない愛を見出すのは大変なコトなのかもしれないけれど、ミリエル司教から授かった無償の愛を受け継いで、バルジャンの逡巡しながらでも愛を与え繋ぐことの大切さに気付いていくことが、如何に貧困、格差があろうとも“レ・ミゼラブル”ではない、のではないでしょうか。

ちょいと新しく開封したお酒を飲みながら書いているので話が縺れてきているような木もするので無理矢理まとめますが、現代社会においてもある局面になるとすぐに窒息してしまいそうな世の中であります。まだ読み始めてもないけど『レ・ミゼラブル』の序文から「地上に無知と悲惨とがある間は、おそらく無益ではないであろう」という言葉を拝借して、店主めがねの戯れ言のごとき性質のウェブログ支店ではありますが、そういう飲み屋でありたいな、と思ってみたり。愛だろ、愛。

ニンニン

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